さて、家庭用ゲーム機は値段の割にすぐに本体内蔵のゲームに飽きてしまい失速、業務用ゲーム機市場もインベーダーブームがあまりに突然に去って失速と、日本のTVゲーム市場は業務用・家庭用ともに停滞期に入りかけます。しかしこの年ナムコから「ギャラクシアン」が発売されます。誰の目から見ても「スペースインベーダー」を上回る完成度で業務用TVゲーム業界を牽引して行きました。
何よりギャラクシアンが初めて用いた 「スプライト描画技法」によるキャラクタの生き生きとした動きに他メーカーは驚愕しました。他メーカーもこの技術を参考にする事でTVゲーム全体の表現能力が飛躍的に向上し、ポリゴン機能が登場するまでのTVゲームの基本技術になりました。
また、ナムコは 「スペースインベーダー」 が他社コピー品で利益を阻害された前例を踏まえ、 「ギャラクシアン」 の製造許諾を他社に認める際により細かい許諾手段を取りました。(それでも違法コピーには悩まされたそうです)
・テーブル型筐体に限る
・名称は 「ギャラクシアン」 以外は認めない
・販売は国内のみに限る
その後、1980年代に続編となる 「ギャラガ」 「ギャプラス」 という続編が登場します。これによって業界を牽引するメーカーの座は「タイトー」 から 「ナムコ」 に移り、さらに翌年の1980年にそれを決定的にするタイトルがナムコから発売されます。
:スプライト技術
最終的に画面に表示するゲーム画面の情報を記憶させるビデオRAM(VRAM)とは別にキャラ毎の小さな画像を用意しておき、「画面上の(X,Y)にこのキャラを描画しろ」と命令すると、ハードウェアで命令の実行順からキャラを重ね合わせる順番を考慮して最終的なゲーム画面を合成、表示する技術。
複数のキャラ画像が重なった時にどの画像をどの画像の前(後)面に表示するかをプログラムから優先順位を指定する事が可能。これを利用してキャラ画像を構成するピクセル単位で細かい映像表現(エフェクト)をかけられるのが特徴で、これ以降TVゲームの表現力は一足飛びに向上した。
また、家庭用機では日本初の家庭用TVゲーム機「テレビテニス」を発売したエポック社が当時アメリカで絶頂期を誇っていたAtari2600を輸入して「カセットTVゲーム」として発売します。
しかし円安の影響もあってその値段はなんと57300円。当時の大卒初任給の約半分という価格でしたが、当時日本中で大ブームとなった「スペースインベーダー」が遊べる唯一の家庭用TVゲーム機として羨望を集めました。この翌年、エポック社はインベーダーのみが遊べる家庭用TVゲーム機「テレビベーダー」を16500円で発売、ついに家で侵略者と戦えるゲーム機として低価格の要因も手伝ってヒット作となります。
1979年の主な出来事 (大卒初任給 約109,500円)
『一般』
・アメリカと中国が国交を回復
・韓国の朴正煕大統領が暗殺、12月に全斗煥少将が軍事クーデターを起こす
・広島カープがチーム創設30年目で初の日本一 (江夏の21球が伝説に)
・ビャーネ・ストロヴストルップがC++言語を開発
・ソニー 「ウォークマン」 発売
・日本坂トンネルで衝突事故から火災発生、避難の為トンネルに置き去られた
約170台の車が次々に炎上、火災は3日間続いて復旧額は60億円
『この年に生まれた有名人』
・小野伸二、高原直泰、小笠原満男、阿部慎之助、五十嵐亮太
・堂本光一・剛、森田剛、ともさかりえ、真中瞳
・田中理恵、古山きみこ、釘宮理恵、神崎ちろ、麻績村まゆ子、榎本温子
『TV・ドラマ』
・機動戦士ガンダム(ガンダムのプラモデル 『ガンプラ』 に子供達が熱狂)
・ルパン三世カリオストロの城 ・赤毛のアン ・サイボーグ009
・ベルサイユのばら ・未来ロボダルタニアス ・闘士ゴーディアン